2023年登封滞在記⑩

●23日
この日は大刀の試合。実は今回試合に参加するに当たり、この日まで迷っていた事があった。それは試合で使用する大刀をどれにするかと言う事だった。師父の所には二本の大刀があり、1本は所謂表演用の刃がペラペラで振ると音のする軽いタイプ。そしてもう一振りは先日お会いした陳軍山師伯が80年代に造られた偃月刀だ。私は師父の所での練功には20年近く、いつもこの偃月刀を使って来た。

師父は「最終的にはお前が決めろ」と仰りながらも「重い偃月刀では演武試合に適した速度が出せない」とも言い、どちらかと言うと表演用を勧めていた。しかし私としては古伝の少林拳を学ぶ者としてやはり伝統の武器を使いたかったし、先日お会いした陳軍山師伯への想いもあるので本心としては偃月刀を使いたかった。だが同時に、「確かに演武試合では採点基準が伝統のものと異なる。せっかく昨日徒手で金メダルを獲ったので二枚目も欲しい、点数を取りたい」という欲も出て来ていた。

結局当日朝まで悩んで、 陳軍山師伯の偃月刀に決めた。朝に私が偃月刀を練っているのを見て師父が「その刀を使うのか」と仰ったので「私はこの伝統の偃月刀を使いたいと思います、試合の点数が高くても低くても関係ありません」と言い、昨日の師父より頂いた言葉「我打我的拳」と付け加えると師父は「そうだな」と笑って許して下さった。

春秋大刀 表演者:川口賢(王鵬里)第一届嵩山武術大会

結果として大刀でもぎりぎり一等賞を頂く事が出来た。正直演武内容は途中で歩が乱れたりと完全に理想的ではなかったが、それでも自分の思いを通して、それでそれなりの成績を収められた事には心から満足できた。 また、同じ大刀のカテゴリーで出る選手の中にも重い刀を使う人は誰もいなかったので、試合後にはあちこちで話しかけられ交流できたのも楽しかった。

夜はお疲れさま会。 今回の大会参加のため、数週間前から禁酒をしていたので、久しぶりに心置きなく飲んだ酒は実に美味かった。会には師父、師娘、川島先生、そして今回の大会で初めてお会いできた王占敏老師もお越しくださった。

王占敏老師は登封市大金店の人。普段は高校教師をされておられ、現在登封市少林武術協会で副秘書長を勤められている。私の知る限り最も早期よりネット上で系統的な少林拳に関する文章・資料を発表し続けている方で、以前よりずっとお会いしたいと思っていた。

王占敏老師も今大会に徒手と兵器共に私と同じD組で参加されており、そのお陰もあり自然と親しく話をさせて頂いていた。登封市少林武術協会現首席である師父にお願いすればもっと早くに会う事は難しい事ではなかったと思うが、それでは今回のような関係にはなれなかったと思う。縁とはそういうものなのだろう。

王占敏老師とは少し話しただけでも少林寺・登封地区の現地でしか知り得ない貴重な内容が続々と出てくるが、今回一番嬉しかったのは王占敏が持って来て下さった一冊の本だった。その本は呉鳳高老師の著された『練武秘典』。呉鳳高老師が若い頃から学ばれた武術についての総決算であり、その中には呉鳳高老師が王頂一師爺から学ばれた長護心意門拳と七星拳に関する記述もある。

呉鳳高老師は2018年に医療過誤が原因で惜しくも世を去ってしまったが、生前にお会いした時にこの本の原稿を示され、「いつか本が出たらお前が日本語に翻訳しろ」と言われていたのだった。

その後この本の行方は知れず、師父に伺っても解らないとの事だったのだが2020年に王占敏老師が発表された呉鳳高老師を紹介する文章中にこの『練武秘典』の表紙と目次の画像が出ていたので、この本は確かに完成して出版されたのだと知る事が出来た。そして今回王占敏老師のご厚意でその内容を全て複写する事も出来た。

王占敏老師のお陰で何年もの心残りがやっと解決できた。本当に有り難い縁だと思う。

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