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公園の銀杏

公園の銀杏が黄色く色づいて来ました。しかし先の台風のせいで一部の木は葉がほとんど落ちて寂しい感じ。今年は黄金絨毯は見られないかも。

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個人レッスンのSさんから頂きました!
開栓してから置くほどに味が深まる面白いお酒です。

年に一度の演武会

三連休の一日目。年に一度行われる伝統中国武術の合同演武会に参加してきました。

午前中に演武を終えた子供たち。昼休みは暖かな陽気に誘われ中庭でお弁当を広げ、ちょっとしたピクニック気分を味わいました。

すっきりとした表情が彼らの成果を物語っています。勿論大人達も負けずに気持ちの入った演武を披露できました!

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朝カンフー

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今さらながらではありますが、夏休みに企画しました

「朝カンフー&花火、スイカ割り」の様子のページができました。

子供たち、眠い目をこすりながら、ほんとによく頑張りました!

是非、楽しい様子を見てあげて下さい。

http://shaolin-k.jp/asakungfu.html

空撮!少林紅葉

先日ご紹介した少林寺の紅葉。
今回はドローンによる空撮です。

カメラの性能か、はたまた天候か。画像がいまいちくっきりしないのが残念。
しかし実景はこれの何倍も鮮やかで綺麗な事でしょう。

つい先月行ってきたばかりですが、その時にはまだ全然色づいていませんでした。また今改めて行ってみたくなりました(^^)

2017紅葉少林

少林寺の紅葉。今年は少し早いような気がします。

これから寒い冬が来るまでの、ほんの少しの綺麗で過ごしやすい季節です。

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【2017年少林之行(4・終)】

●9月15日 最後の宴

 鵬挙の結婚式が無事に終わり、師兄弟も今日明日で、それぞれの故郷に帰っていきます。今日は最後の宴。登封郊外の洒落た山荘で賑やかに行われました。

 これだけ毎日宴をやっても、師兄弟たちの意気は少しも衰えません。しかしこれ以上宴の事ばかり書いていても読んでいる方は面白くないでしょうから、詳細は省略します。

●9月16日 登封最終日

 この日の朝練にも王光洪師兄が見えました。すっかり朝練をご一緒するのが日課になったようなのが少し嬉しくもあります。

 朝食後、師父の執務室でお茶をしていると、次々と師兄弟が師父に帰りの挨拶をしに訪れます。師父はその一人一人としっかりと言葉を交し、帰路の安全を祈ります。

 途中、先程の王光洪師兄が長護心意門拳の検定を師父にお願いしに来られました。ガチャリと扉を開け、中に師父と私の二人だけなのを見て、「関門弟子!ワハハハハ!」と一笑。明るい師兄です。王師兄が一套打たれたのを師父がいくつかの手直しをして、その後私も命じられて長護心意門拳を通して打ちました。これまで後にも先にも兄弟弟子と一緒に教わる事など無かった為、「ああ、普通はこんな風に教わるんだよな」と妙に感慨深く思いました。

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▲師父とツーショット!

 お昼前、師兄弟の殆どが帰路に就いた後、師父の用事があると言うので途中まで一緒に行って手伝いをし、その後は別れて登封の街を一人で歩きました。思えば今回、自分一人で外出するのはこれが初めて、いつも誰かと一緒の賑やかで楽しい登封滞在でした。

 目当ての武器屋が無くなっていた為、いくつか店を冷やかして、途中に登封名物の焼餅と、河南名物の羊肉烩面を食べて宿に帰りました。私もいよいよお別れです。鄭州から夜行列車に乗り、明朝5時に北京に着きます。

 さよなら登封。また来年!

 鄭州で列車を待つ間、いつもの屋台街で羊肉串とビール。今回中国に来て初めてビールを口にしました。美味い!(笑)

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●9月17日 北京~帰国

 昨晩21時30分に鄭州を出た列車は、定刻の5時10分に北京西駅に到着しました。とりあえず駅の近くに時間貸し部屋を見つけて休み、9時30分に亮馬橋へ。

 昼にはいつも北京でお世話になっている原口さん、米山さん達と亮馬橋の「爆肚盛」でご飯の約束があります。と、その前に店の近くで今年4月から北京体育大学に留学されている川島直央さんという青年と合流しました。川島さんは日本体育大学の三年生で、北京体育大学に交換留学で来られています。少林寺、少林拳を熱愛する彼に、留学前に当門の基本功を教授し、渡中後は少林寺心意把研究会の胡正生老師をご紹介しました。

 早速5月に登封を訪ね、すっかり胡正生老師の拳と人に魅了された川島さんは、大学の夏休みを利用して再び登封に行き、二ヶ月間みっちりと呉山林~揚桂吾~胡正生と伝わった拳の基本を鍛錬して来られたそうです。

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▲川島さん(向かって左)と胡正生老師(右)。川島さんの今後のご活躍に期待します!

 久しぶりに会った川島さんはすっかり中国の生活に馴染んだ様子。会って早速、適当に場所を見つけて練功を開始しました。はじめは各々自分の練功をし、それから拳についていくつかアドバイスをさせて頂いたり、川島さんが胡正生老師について学ばれた成果を見せて貰ったりして交流しました。

 胡正生老師の少林拳は近代少林拳の大名人で心意把でも有名な呉山林の流れを汲むもので、主に少林寺の達磨洞を真ん中にした山の北、偃師や鞏義といった地域にその傅が流れています。対して私の学ぶ少林長護心意門やその他の「教師窝」と呼ばれる武術村の伝承はいずれも山の南、登封地域に分布しています。

 そして面白い事に、同じ少林拳でも山の北と南では風格ががらりと違ってきます。専ら山南の系統を練ってきた私には、山北の柔らかく大きな身法、そして内勁を重視する功法といった風格は非常に独特に、興味深く感じます。川島さんの拳を見て、短期間ながらも相当な集中力でもって真摯に練り込んだのでしょう、胡老師の伝える山北の風格をしっりと身に定着させているのがはっきりと解りました。

 人ひとりに出来る事にはどうしても限りがあります。私も少林拳全般を広く深く調査したいと思いながら、どうしても時間的・人脈的、その他様々な制約が付きまとい自由にはいきません。ですのでこうした一人では為し得ない方面を、道を同じくして探求してくれる川島さんのような存在は本当に嬉しく思います。

 川島さんが教わった貴重な「揚桂吾老師の伝えた功法」を拝見したり、お互いの心意把を検討したりと、あっという間に二時間近く練功し、我々はお腹を十分に減らして「爆肚盛」に向かったのでした。

***

 さて、毎回旅の締め括りは、北京駐在の皆さまと宴と決まっております。今回は私の熱烈リクエスト「とにかく羊が食べたい!」を叶えるべく「爆肚盛」という清真料理(中国のムスリム料理)のお店をチョイスして下さりました。

 さすが清真のお店、羊肉料理が豊富です。夢にまで見た(本当です)羊天国。美味しい美味しい羊料理で昼間から燕京ビールと白酒を満喫しました。

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▲幸せな羊料理の数々。北京の皆さま、今回も有難うございました! 写真左下はお土産に頂いた北朝鮮の焼酎(マツタケ風味)。帰国して飲んだら本当にマツタケの香りがしました(・∀・)

 食卓に登った料理の数々は、今回久しぶりにお会い出来たフードコラムニストの勝又あや子(ayazi)さんのブログ「新・北京。おいしい生活。」にアップされていますのでご覧あれ! 北京に行きたくなる事請け合いです(^^)
http://ayazi.seesaa.net/article/453650380.html

 同じく今回も、というか必ず毎回ご一緒させて頂いておりますライター・エディターの原口純子さんと、丁度ロシアに行かれて今回はお会い出来なかった多田麻美さんが出ておられるフジテレビ系ネット番組です。本当に、北京で会う日本人の皆さまは素敵な方ばかりです。
https://www.houdoukyoku.jp/archives/0014/chapters/29195

***

 さて、楽しい宴の時間はあっという間。帰国フライトの時間が迫って来たので後ろ髪をひかれながらもお開きです。空港までは地下鉄で40分程度です。川島さんが空港まで見送ってくれました。カウンターを見つけ、さてチェックインと思いきや、「取消」の二文字が。何と折しも日本を通過中の台風の為、フライトが中止→明朝7時に変更との事でした。

 ここまで来たら慌てても仕方がありません。いつも宿を取って馴染んでいる団結湖まで地下鉄で戻り、川島さんとまた飲みました。台風のお陰で一晩余分に飲めて、お得な今回の旅の締め括りでした。

(終)

2017年少林之行(3)

●9月13日 夜

 磨溝から帰って宿に着くと、史龍師弟が少林寺へ向かって出発する所で、「一緒に行こう!」と言うので、史龍の弟が運転する車に乗って少林寺へ行きました。登封市区から車で30分足らずで少林寺風景区に着きます。我々の学んだ武館があった場所です。

 少林寺は2002年と2004年に行われた、寺やその周囲の建築の世界遺産登録を目指した「大整理」により、すっかり様相が変わっています。当時少林寺の門残町にあった全ての家屋・武校および商店は取り壊され、登封に移住させられました。その後、地面を整理し植林をし、「深山蔵古寺、碧渓鎖少林」を再現しました。

 少林寺では一の門から山門まで、電気で動く遊覧バスに乗って移動します(もちろん歩いていくことも出来ます)。以前はこの道を毎朝寺までランニングしたものですが、今回は観光資源を享受します。バスから子供たちが練功しているのを見ては「当時、自分たちもこの中のひ一人だったんだ」と感慨にふけったり、また少林寺の中に入ってからは(専ら史龍の弟のために)ガイドを雇って院内を散策して廻ったりと、観光客の立場で少林寺の旅游を楽しみました。

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 夕方までたっぷり時間をかけて少林寺を廻っていると師父から「晩飯だ!」と電話が掛かってきたので、急いで「少林小区」へ向かいました。小区とは先に書いた大整理の際、登封市政府が少林寺村住民の為に開発した区域で、新郎新婦のために師父が建てた住まいもここにあります。

 小区の大通りには既に「恭賀新郎王鵬挙新娘呉炎暁新婚之喜」と書かれたバルーンゲートが設置され、縁起の良さそうな音楽が聞こえて来ます。我々は小区のレストランに通され、そこでは既に地元住民を招いての宴が始まりつつありました。これは前夜祭のようなものなのでしょうか。私は何故か師父のご友人、「師叔」と呼ばれる方々の円卓に座らせられ、緊張しながら白酒を煽りました。

 宴がやや落ち着いたので外に出ると、移動式舞台で演劇や歌唱など、様々な表演が行われていました。また途中で盛大な花火も上がり、大変な賑わいとなっていました。

●9月14日 結婚式当日

 朝、練功をしようと表に出ると、既に王光洪師兄が木に足を掛けて圧腿をしていました。王光洪師兄は88年に南沼溝宗仁武館で学ばれた生徒で、現在は四川省で武術学校を経営されています。王師兄と暫し一緒に練功し、南沼溝時代に教わった長護心意門拳を見せて貰いました。

 その内師父が下りて来られ、そのまま一緒に小区に向かいました。新居がある路地には、赤くおめでたい紙や提灯が飾り付けられ、門前では式の手伝いをする人やご近所さんのために餃子が振る舞われました。きっと昨日から皆で包んだのでしょう。茹で立ての水餃子は格別な美味しさがありました。

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▲家の前は綺麗に飾り付けられ、ここから30分位かけて市内を車でパレードします、

 それから身内の者は先に市内の式場に移動し、お客さんを迎える準備をします。私も一緒に移動します。

 11時半頃から、来賓が続々と集まって来ました。登封市少林武術協会現主席である王宗仁師父の息子の結婚式です。武術界からの参席者も、名拳師から大小武館の校長・館長まで、そうそうたる顔ぶれが揃います。

 式は盛大に行われ、不肖ワタクシもお祝いのスピーチを仰せつかり、日本語と中国語で祝辞を述べました。

 その後は二階の別会場に移って宴会です。どうやらメイン会場と並行して、宴も行われていたようで、宴会場に着いた時には既にあちこちの円卓で乾杯の音頭が上がっていました。

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▲師兄弟大集合です。

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▲大きな会場、沢山のお客さん。まるで芸能人の披露宴のようでした。

 長い宴もついには終わり。来賓も一人また一人と帰っていきます。会場があらかた収まった後、我々は持ち込んで余った酒や飲料などをを回収し、小区へ帰りました。

 気が付くと師父に師娘、新郎新婦も帰って来ており、朝からきっと食事を摂る暇などなかったのでしょう。ほっとした感じで餃子を食べていました。この様な光景は、日本も中国も変わらないものなのだなと思いました。

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▲人生の一大仕事を終えた父親の背中(上)と、ほっと一息の新郎(下)。

2017年少林之行(2)

●9月13日 夕方~夜

 凌戦勝老師にお別れを告げ、登封行きのバスに乗った時点で、心地よい充実感と共に私の頭の中では既にエンディングテーマが流れていました。「もうこの旅はこれでお終い」な気分です(笑)。

 しかし、今回のメインイベントは何と言っても師父の息子・王鵬挙の結婚式であり、またそれを機に集まった79年から2000年までの師兄弟大集合大会が主たる目的です。勝手に終了する訳にもいきません。特に師兄弟達はもう何ヶも前から微信(中国版ライン)でこの日の来るのを楽しみに毎日盛り上がっていましたから。

 かくして私も13日の夕方に登封に着き、師父と再会を果たしたのもそこそこに、早速師兄弟の宴に駆り出されるのでした。折しも15日に行う王鵬挙の婚礼に先立ち、師兄弟はこの日(13日)を目安に全国各地から続々と到着して来ていました。ですのでこの晩の宴はいきなり大きな盛り上がりを見せていました。

 少林寺の武館で過ごした日々は、実際に過ごした人にしか解りません。特別な空間で重ねられた日々の苦しい練功と生活。当時は皆15,16歳の子供でした。その後それぞれ故郷に帰り仕事に就き、今では立派に自分の商売を持つ「老板(社長)」になっての再会。しかし20年、30年の月日はあっという間に消失し、あの武館での青春の日々が蘇ります.。学んだ年代が違う師兄弟は挨拶を交わし、同年代の師兄弟は抱擁を交わし、私もそれに混じって挨拶をして廻ります。それにしても師兄達はよく飲みます。やはり鍛え方が違うのだと思いました。

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▲伝説の少林寺南沼溝宗仁武館。皆精悍な面持ちです。

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▲再会を喜び合う師兄弟。会えばあっという間に青春時代が蘇ります。

 宴は9時頃に終わりましたが、師兄達はその後登封の夜市に繰り出し旧交を温め、さらに宿に戻ってからも3時位まで飲み明かしたようです。ちなみに私は師父とお茶を飲んで、10時頃には宿の自室に戻っていました。12時頃にノックがあり「サトシ?」と声がありましたが、明日の練功もあるので謹んでスルー致しました。

●9月14日 朝~午後

 前日の宴を無事乗り切り、どうにか朝6時前に起きて朝練に行きました。幸い昨日の酒は残っておらず動きも快調。気持ちよく汗を流しました。これから滞在中、本格的な練功はほとんど出来ないだろうけれど、朝の練功だけは毎日堅持しようと心に決めました。練功していると師父が下りて来ました。続々と登封に到着する徒弟やお客さんを迎えたり、婚礼の準備などで忙しいはずなのに、わざわざ来て下さった師父に感謝です。

 朝ご飯を食べ、一旦宿に戻り考えました。このままこの辺りをウロウロしていたら、絶対に昼にはまた宴会に捕まってしまう。そこで一計、磨溝を訪れる事に決めました。磨溝は凌斗祖師爺、つまり私の師父の師父の師父が居た場所。そこには古い時代の少林拳が今でも細々とですが残っています。今回はいつも一緒に行ってくれる地元拳師の劉振傑が西安に仕事に行っているというのが事前にわかっていた為、磨溝行きは諦めていたのですが、義侠の士・王戦備同志が連れて行ってくれる事になりました。

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▲磨溝への途中、数年前に『功夫少林』の撮影で訪れた関帝廟に寄りました。廟主のお婆ちゃんも変わらずお元気そうでした。

 磨溝に着いたら何はともあれ范福中老師のお宅へ。伺った時は11時前で、范老師は離れの厨房でマントウを作っている最中でした。ひと目私を見て「おお、賢!」と出迎えてくださった范老師。少しお歳を召されたかなとも思いましたが元気そうです。

 ひとしきり近況報告をした後は、いつもの通り「打ってみろ」です。范老師の前で磨溝の小洪拳と老洪拳を打ちます。小洪拳はそれほど大きな問題はなく合格。しかし老洪拳は打ち始めて半分も行かない内に「不中!(ダメだ!)」、「不対!(違う!)」との厳しいダメ出し。王宗仁師父は全体を見た後、いくつかを直す教え方ですが、范老師の場合はダメな所は即ダメ。OKが出るまで何度でもやり直しです。お手本を見せて下さる范老師の動きにも、先ほど「お歳を召された」と感じたのは何だったのだろう、と思う位に動きにみるみる切れと力がみなぎってきます。

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 范福中老師の拳は、先記した凌斗祖師爺が学んだ磨溝の拳です。凌斗は元々磨溝から山一つ隔てた凌家門の出ですが、結婚後に岳父(妻の父=義父)で磨溝の著名拳師である范朝元について拳を学び大成しました。功成った後は少林寺の塔溝村で王頂一師爺(私の師父の師父)はじめ数名に拳を伝え、また故郷の凌家門にもその精華を遺しました。ですので私にとって磨溝の拳を学ぶ事は凌斗祖師爺の足跡を辿るのに非常に重要な位置を占めているのです。

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 范福中老師の前では決して手抜きや手加減は許されません。一つ一つの動作が完全に人を打つ作用のあるものでないと「意味がない」と言われます。老拳師の教えは毎回非常に厳しいものですが、今の自分にとってこの厳しさは真に嬉しいものでもあります。范福中老師の拳風は正に河南の大地の風格そのもの。素朴で厳しい中に大らかさを備えています。私は王宗仁師父に就いて以来10年門を出ず、少林寺のどんな高名な拳師にお会いしても決して教えを受ける事はありませんでしたが、この范福中老師の拳だけは時間の許す限りきちんと教わり後々に伝えていきたいと思っていますし、また師父もそれを支持してくださっています。

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 范福中老師のお宅で短時間ながらもみっちり練功した後は、磨溝の村を散策して廻りました。磨溝には古い時代の山砦や寺廟、様々な伝説を持つ遺構などが数多く遺されています。今回偶然(?)同行する事になった登封市文化局を定年退職された宋溧珉老師も「もっと早くに来るべきだった」とあちこち写真に収めておられました。

 磨溝を歩くとあちこちに、「おや?」と思う美しい風景が点在しています。この村の風景も、村の拳も、これから時代の変化に従って緩やかに失われていくのかと思うと遣り切れない思いがあります。せめて出来る形でこれらの文化遺産を記録していければと思いつつ、磨溝を後にしました。

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2017年少林之行(1)

●9月12日~13日
 13:55のフライトでまずは北京へ。そこから夜行列車に乗って、次の日の6:30に鄭州に着きました。いつもならそこから高速バスに乗って約一時間半で登封に着くのですが、今回は鄭州である人と会う約束をしていました。

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▲朝の鄭州駅。中国の東西南北へ通じる中心駅です。

 そのある人とは凌戦勝老師。凌斗祖師爺(私の師父の師父の師父)のお孫さんです。鄭州駅から北の金水区に向かってバスで約一時間。バス停で凌戦勝老師が、息子の凌尼洪を伴って待っていてくださいました。

 今回は凌斗に関するこれまで知らなかった故事を沢山伺う事が出来たのですが、その中でも特に興味深かったというか不思議な話がありました。この話は凌尼洪が台湾にて凌斗の四男である凌松水先生から聞いたという事です(※凌松水先生が台湾に渡った話は後半で書きます)。

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▲凌戦勝老師(向かって右)と息子の凌尼洪。様々な故事を検証し、はっきりしない事柄はその場で親戚に電話して確かめます。

 凌斗は磨溝で岳父の范朝元について武術を学び大成した後、山一つ隔てた凌家門に帰り拳を教えていました。そこには常に数多くの弟子が凌斗の名を慕って集まっていたのですが、その中に「ジンムー」という日本人がいたそうです。当時、凌松水先生はまだ子供だったため、当時いたその他の弟子の名前や出自は一々覚えてはいなかったそうなのですが、その「ジンムー」という日本人はよく幼かった凌松水先生を背負って山に登ったり一緒に遊んでくれたりと、非常に印象に残っていたので覚えていたという事でした。

 「ジンムー」がどういう字を書くのか、残念ながらハッキリせず、ただ「ジンムー(jin mu)」という音と、日本人であるという事だけが記憶に残っていたそうです。音からすると「金木」さんでしょうか。その後の「金木」の足取りは、現時点では掴めていません。凌松水先生以外の凌家門に残った一族からもこれまでにそれらしい話は聞いた事がありません。

 年代を考えると、凌松水先生が台湾に渡る前なので少なくとも1949年以前。そして凌松水先生は「13歳で参軍し、4年後に台湾に渡った」という事から1945年以前という事になります。1945年は日本が中国から撤退した年。それ以前はいわゆる抗日戦争の真っ只中であり、凌斗はその中で少林寺抗日救国会という抗日組織の副会長を勤めていました。その凌斗に、日本人の弟子がいたという話は何とも不思議でもありますが、しかし軍閥~国民党・共産党・日本軍・大陸浪人・諸外国など、様々な立場や思惑が入り乱れていたこの時代背景から考えれば、この時期にはどんな事が起こってもおかしくないと思います。また私自身にとっては、現代において自分が身を置く門派の始祖に、かつて「金木」という同じ日本人の弟子がいたという事に親近感とロマンを感じるのです。

 ***

 もうひとつの話。先ほどの凌松水先生について、私は2006年に凌家門に行った時にその名前を知り、凌松水先生が凌斗の四男で、その容貌が兄弟の中で一番凌斗に似ているという事で非常に興味を持っていました。また他の三人の兄弟は既にこの世にいない事、そして凌松水先生は国民党に従って台湾に渡り、まだ生きているはずだと聞いて、その後の足取りをあらゆる手段で調べました。

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▲凌斗祖師爺の四男・凌松水先生の若い頃の写真。四人いた凌斗の息子たちの中で、一番容姿が凌斗に似ていたと言われています。

 その結果、2010年の時点で凌松水先生は高雄市にある栄民院という退役軍人の養老院の様な所に住んでいるという事を突き止め、栄民院の所長宛に問い合わせのメールを出しました。程なくして来た返信には「凌松水先生という人は確かに当院にいる。しかし個人情報保護の為、これ以上詳しい事はお教えできない。あなたのメッセージは凌松水先生に伝えたので、本人にその気持ちがあれば返事があるだろう」と記されていました。結局、その後返信が来ることは無く、だからと言って不確かな情況で台湾にそれを確かめに行く時間も資金もなく、心に引っ掛かりを残しながらも今に到るまでそのままになっていました。

 話は現在に戻ります。今回は凌戦勝老師から色々と凌斗に関する話を聞く狙いがあったのですが、思いがけずその息子さんの凌尼洪から多くの事を知る事が出来ました。これは実は私もよく解っていなかった事なのですが、2006年に凌家門を訪ねた時、凌斗の三人の息子は既に亡くなっており、その三男の奥さん(我々は「おばあちゃん」と呼んでいました)だけが一人で凌斗の故居を守っておられました。その時、凌斗についての故事を聞く事が出来たのですが、凌斗の息子の内、唯一生き残っていた凌松水先生の行方は分からず、おばあちゃんに聞いても「松水はもう長らく音信がなく、所在もわからない」との事でした。

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▲凌斗の三男・凌松河の奥さん。凌戦備老師のお母様です。

 この時、おばあちゃん以外にも凌斗の孫という人には数人会っていたのですが、誰が誰の息子でという関係は詳しく聞いておらず、実は凌戦勝老師こそがその家を守っていた三男奥さんの息子さんだったのです。凌戦勝老師に会ったのはその翌年、2007年の事で、しかもその時には凌斗の家を守っていた「おばあちゃん(=三男奥さん)」は亡くなっており、家は既に廃墟となって崩れていました。

 凌戦勝老師によると、実際は凌松水先生との間に手紙のやり取りが続いており、凌松水先生の所在はきちんと把握されていたそうです。おばあちゃんはその辺りははっきりと知っていなかったようです。

 そして2014年3月。凌尼洪が台湾を旅行で訪れた時、凌松水先生と会う事が出来ました。凌松水先生は台湾に渡ってから後、都合三回凌家門に帰っており、2003年には「もうこれが最後になるだろう」と言って、実際それ以降故郷に戻る事はなかったそうです。凌松水先生はその後身体を悪くされ、計三回の癌手術を経てかなり弱った情況であったのですが、久しく会う事のなかった親戚の来訪を非常に喜び、毎朝市場で果物を買って来て、それを自らきちんと切り分けて凌尼洪の来るのを待っていたそうです。

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▲2014年。台湾を訪れた凌尼洪と映る凌松水老師。親族の来訪をとても喜ばれておられたそうです。

 凌尼洪も初めはひと目あうだけのつもりだったのが、老人の喜ぶのを見て一週間の滞在中、毎日凌松水先生に会いに行き、そこで上記の様な故事を色々と聞いて来たという事です。

 ちなみに私が凌松水先生に向けて日本からコンタクトを取った事は、ご本人も栄民院の所長から聞いており、「もしや『金木』か?」とも思われたそうですが、生憎その時には体調を崩し入院する程に健康を害されていた為、「会うのは止めよう」と決められたそうです。

***

 凌尼洪が2014年3月に凌松水先生に会った5ヶ月後の8月に、凌松水先生は亡くなられました。凌尼洪が台湾にいる間毎日、最後まで「自分の人生はよかった。最後に親戚に会えて本当によかった」と繰り返し言っておられたそうです。

 凌松水先生の事はずっと気になりながらも、昨今は半ば諦めかけていた状態でした。今回、その想いがやっと叶い、しかもこれまで想像もしなかったような日本人の存在を聞くことが出来ました。上に書いたふたつの話はそれぞれ違う話で直接的な関係はありません。しかし自分の中では色々な物事が混然と繋がって、何かしらの形になっていくような不思議な感覚を覚えたのは事実です。

 凌松水先生、お会いする事はありませんでしたがとても感謝しております。安らかにお休み下さい。

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▲凌戦勝老師(中央)と息子の凌尼洪(向かって左)。お二人のお陰で沢山の事がはっきりとしました。謝謝!

2017年少林之行(0)

9月12日から19日まで、中国に行っていました。

今回は師父の息子の王鵬挙の結婚式に参加するのが主たる目的で、これに合わせて師父の79年から2000年までの兄弟弟子が全国各地から沢山集まりました。

式を挟んで毎日が兄弟弟子や関係者の皆と白酒宴の連続で、これまでにない濃厚な交流が出来ました。そして宴の隙間を縫って磨溝に行ったり、凌斗のお孫さんである凌戦勝老師とその息子さんの尼洪さんと会ってこれまで聞いたことのない凌斗に関する貴重な故事を聞く事が出来たりと、今回も大変充実した旅となりました。

帰国からあっという間に一ヶ月経ってしまいましたが、今回の旅の様子をアップしていきます(Facebookには既に投稿済みです)。

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