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2011年11月07日の記事は以下のとおりです。

2011年 中国(登封)研修旅行 その3

●10月25日 「磨溝村」

朝の練功を終え、朝食を済ませるとすぐに磨溝に向けて出発。

磨溝は、少林寺の膝元である登封でも名の知れた武術村。俗に「匪賊、盗賊も避けて通る」と言われた程、武術の盛んな土地で、元代の少林僧・緊那羅が伝えたという貴重な古流の少林武術を残している。

当門祖師の凌斗はこの磨溝にて、岳父(妻の父)の范朝元より拳術及び兵器を学び、後に少林寺村にて教場を開いたという、いわば当門に於ける「拳の故郷」である。

▼磨溝へと続く道。去年までは舗装のない土の道だった。
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磨溝についてすぐさま、范福中老師のお宅に伺う。范福中老師は磨溝拳師の長老格で、新中国成立前の混乱期を、実際に武術をもって自身と家族を護り生き抜いてきた、拳の生ける証人である。

まず始めに私自身が、范老師より磨溝小洪拳、老洪拳及び陸合拳の手直しを受け、続いて今回初めて磨溝を訪れた当会の生徒達が范老師の前で拳を打ち、それぞれにアドバイスを頂いた。范福中老師のアドバイスは単なる形や順番の正誤ではなく、「勢」や「意」、そして「法」といった、武術の根底に共通して流れる「精華」とも言える部分を専ら強調されていたように思う。

▼范福中老師より、磨溝六合拳の教えを受ける。
ファイル 135-2.jpg

▼動作を示す時の一瞬の眼光。
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午後は生徒達が劉振傑老師に就いて、磨溝拳のひとつである雲陽拳を学習した。教えてくれた劉振傑老師は、私が6年前、師父に連れられて磨溝を訪ねた時、一番初めに知り合った村の拳師で、この世代ではトップクラスの実力者である。

実際、当会の生徒らが磨溝の拳を学ぶのは初めてである。今まで学んだ通臂拳、小洪拳、炮拳と言った少林寺院内系列の拳とはまた違った風格に、最初少し戸惑っていた感もあった。が、そんな些細な感覚はすぐに消えてしまう。劉老師の指導はとにかく熱心である。一拳一脚が全力投球。適当とか妥協とか云うものは一切なし。こちらで曖昧な動作をしていると、遙かあちらから「不、不、不!」と言って駆け寄り、すぐさま修正を施す。おかげで数時間はあっという間に過ぎ、全員が一応套路の順番を覚える所まで行ってしまった。

▼劉振傑老師の熱血指導。
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生徒の誰だったかが「普通にしていると車を運転している普通の人なのに、動き始めると全然違うんですね。格好いいです」と言っていたが、磨溝の武術は正にその通り。范福中老師も今では引退したものの、元々は農業を行っていたし、劉振傑老師も畜産を生業としており、職業的な武術家という訳ではない。

決まった学校や組織がある訳でもなく、ごく当たり前に村の中で代々伝わってきたもの。それは有事には村を護る自衛の手段となるし、平和な時には皆で集まって拳を披露したり、論じ合ったりする娯楽の側面も持っている。実際、磨溝で拳を打っていると、いつの間にか人が集まってきて「ああでもない」、「こうでもない」と論評が始まる。中には隠れた達人も混じっていたりして、思いがけず貴重な教えを受けたりする事もある。

私自身、こういった生活に溶け込んだ武術の練り方が大好きであるし、この磨溝の土地も人も本当に好きである。今回、初めて当会の生徒達を磨溝に連れてくることが出来、よかったと思う。ぜひとも帰った後、日本の同門達にもこの村や拳の雰囲気を伝えてあげて欲しいと願う。

▼范福中老師(向かって右)と劉振傑老師(左)。
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