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カテゴリー「武術」の検索結果は以下のとおりです。

下盤鍛練

  • 2010/01/05 22:29
  • カテゴリー:武術

ファイル 87-1.jpg
昨日今日と下盤の鍛練を集中的にやったら、腿がみしみしとよい具合に痛い。こんな程度で「みしみし」してしまうなんて、まだまだ鍛練が足りないなと思いながらも、狙った通りの反応が出て満足。明日からもしばらくは下盤を特に苛めてやろうと思う。

強靱な足腰があってこそ、拳脚は大きな力量を発揮し、歩みは安定し自由自在となる。

ファイル 87-2.jpg
練功前に買ってきた飲み物。「オレンジタイガー」という洒落たネーミング。そしてパック上部には「今年は寅年だあ! 賀オ~!」と……。なんとも素敵なセンスだ。味はちょっと酸っぱい普通のオレンジジュースで美味しかった。

兵器

  • 2009/07/10 22:20
  • カテゴリー:武術

ファイル 48-1.jpgファイル 48-2.jpg

上は王宗仁師父の「偃月刀(大刀)」、下は范福中老師の「草鎌」。

偃月刀は『三国志』の関羽が使っていた武器とされ有名。大きな刃、長い柄、丈夫な石突きを持ち、斬る、突く、払う、引っ掛けるなどの動作がある。結構な重量があるので、偃月刀を練ることによって、強い足腰と確実な身法(身体遣い)が養成される。

草鎌は少林拳の多くの兵器がそうであるように、農民が日常身近に使う道具から転化したもの。このタイプのものは別名「鶏爪鎌」といって、通常の鎌刃以外に突く槍の部分と引っ掛ける鈎の部分が付いた独特の形となっている。草鎌はよく双草鎌といって、左右に一丁づつ持って練られる事が多い。

少林拳にはこの他にも多くの兵器が伝わっている。刀、槍、剣、棍といった「四大兵器」と呼ばれる基本のものに加え、短い鉄の棒を鎖で繋いだ九節鞭、縄の先に尖った楔形の重りが付いた縄鏢、大型トンファーのような拐子、左右に持つ双刀など、実にバリエーションに富んでおり、その使い方も様々で面白い。

快慢、剛柔-陰陽-

  • 2009/06/29 23:13
  • カテゴリー:武術

柔拳の紹介ついでに。

少林拳というと剛拳の代表のように扱われ、柔らかい動きなど一切しないように思われているフシがあるが、実はそんな事はない。

紹介した柔拳もそうであるが、通常の套路に於いても「慢練」もしくは「内功」と呼ばれる練功法が普通に行われている。小洪拳や炮拳などは割と慢練で練るのに適した套路だと言うことが出来る。

慢練の時の要点は、歩法、手法、呼吸、意念の協調を図り、架勢を正確にし、動作は蚕の繭玉から絲を紡ぐが如く精密に行うにある。

「快而不乱、慢而不散」とは、套路を「快」もしくは「慢」にて打つ場合の要訣である。「快に打ちながらも動作は乱れず、慢にて打ちながらも意念や力は散漫にならず」という意味合いがある。

「快」も「慢」も、「剛」も「柔」も、どちらも武術には必要なものであり、そのいずれかに偏り、固定されるものではない。練功も運用も、「快慢」、剛柔」、「起落」、「畜発」、「前後」、「左右」等々の陰陽変化が自在であって始めてよい成果を得ることができる。

当代少林名人録その2 「十八金剛と十八羅漢」

  • 2009/06/18 00:20
  • カテゴリー:武術

「少林十八金剛」と「少林十八羅漢」は、「少林十大拳師」と同時に
選出された、当代少林武術界の代表的人物の称号である。

○少林十八金剛
鄭光栄(1963)、焦紅波(1962)、馮根懐(1959)、
鄭躍峰(1968)、鄭忠孝(1963)、鄭書敏(1963)、
梁嵩華(1963)、王松偉(1964)、劉海欽(1963)、
陳同山(1963)、劉海科(1965)、梁少宗(1967)、
陳同川(1967)、張岩青(1957)、劉海超(1952)、
鄭基松(1972)、梁継紅(1965)、王占洋(1964)。

○少林十八羅漢
李勁飛(1969)、陳俊傑(1968)、閻治軍(1967)、
刁山多(1968)、王海営(1967)、陸海龍(1969)、
蒋東旭(1971)、梁少飛(1971)、董 平(1966)、
潘国靖(1974)、屈申営(1966)、王志強(1963)、
李雲龍(1964)、王徳慶(1974)、金欽洪(1962)、
陳 軍(1966)、孫全林(1966)、張暁旺(1966)。

名を連ねるのは30~40代を中心とした、いずれも各方面で活躍中の
現役世代の拳師である。そのほとんどが登封で武術学校を構える校長・
院長クラスであったり、体育委員会の幹部などの役職に就いている。

彼らは名実共に、先に挙げた「十大拳師」の次を担う世代にあたる訳だが、
その中の数名は下記の如く、実際上においても「十大拳師」や、その他
現地で高名な老拳師と親子関係にある。

梁以全--梁少宗、梁少飛
劉宝山--劉海欽、劉海科、劉海超
陳五経--陳同山、陳同川
王超凡--王占洋
刁卿俊--刁山多

当代少林名人録その1 「少林十大拳師」

  • 2009/06/12 20:25
  • カテゴリー:武術

「少林十大拳師」は2000年、登封市体育運動委員会によって選出され
た。同年の10月15日には全国武術少林拳比賽が開催され、ちょうど
これに合わせた形で比賽記念冊子の中で発表されたのが初めだと思う。

名簿を見てみよう。

梁以全(1931)、劉宝山(1931)、王長青(1943)、
陳成文(1926)、崔西岐(1922)、陳五経(1927)、
付志乾(1930)、劉振海(1933)、耿合営(1955)、
王宗仁(1956)。

以上の如く、当代少林拳界を代表する老拳師の錚々たる顔ぶれである。
括弧内は出生年。

梁以全、劉宝山の両拳師は少林武術界でも最も高名な民間武術世家であ
り、それぞれ「鵝坡武術専修院」、「塔溝武術学校」の創始者でもある。

王長青は法号を徳虔と言い、先代少林寺首座の素喜大師の弟子として、
少林寺の拳譜を整理し大量の関連書籍を出版した事で「少林書王」と
称されている。

陳成文と陳五経は兄弟で、陳成文は「鵝坡」、「塔溝」と並び「少林三大
武校」と称される「小龍武院(旧称少林寺武術学校)」の院長陳同山と総
教練陳同川兄弟の父である。

劉振海は徳根の弟子で、登封市体委の職員として現地の民間少林拳の
発掘整理に関わり、自身も書籍や映像教材などの著作がある。

崔西岐、付志乾は世間にはあまり名を現さないが、どちらも登封武林の
重鎮であり名望が高い。

耿合営、王宗仁は70代が大半を占める十大拳師内で最年少の二人である
が、どちらも老前輩の薫陶をよく受け、現役で伝統的な少林拳を体現でき
る貴重な存在である。

この十大拳師に共通するのは、少林武術が現代化(表演化)する以前の、
老一代の功夫触れ、直に古伝の少林拳を学んでいる点である。老一代とは
例えば李根生や郝釋斎、徳根、凌斗、王頂一、梁興紹、劉景文などで、
いずれも辛亥革命、軍閥戦争、国共内戦、抗日戦争、文化大革命などの
混乱期を生きた、少林拳が実際の局面で使用されたほぼ最後の世代で
あると言える。

(文中敬称略)

※人名に一つ一つリンクをはるのは面倒なので省略した。
各人物に関しての詳細は、下記を参照されたし。
http://shaolin-net.com/shaolin/renwu.html

少林拳同盟会少年班

  • 2009/05/07 20:18
  • カテゴリー:武術

今日は三鷹の少年班に教拳しに行って来た。
人数は片手で数えられる程しかおらず、私塾的な雰囲気だ。

一番長い生徒は三年目の小学5年生。
この子がなかなか力強い小洪拳を打つ。そして最近は陸合拳対打を
やり始めている。身体はそう大きい方ではないが、同年代でこれ程
足腰の強い子供はそういないと思う。普段の練功でも、少林寺の子供と
同様の基礎鍛練も元気にこなす。

今度中学二年に上がった生徒は、小学5年生から始めた。
今では「第一武術班」で大人に混じって練功に励んでいる。
一昨年は少林寺の学習団に参加し、発祥の地で源流に触れた。
彼の套路の発力、節奏(リズム)は伝統の少林拳そのものだ。

彼ら以外の子供にしても、どの子も多かれ少なかれ、練功による「変化」
がはっきりと見て取れる。当会の生徒は総じて器用とは言えない子が
多いが(指導者からしてそうなのだから仕方がない;)、とにかく元気を
発散させ、健康で強い身体になってくれればそれが一番だと思う。

そういえばこの間、近所の公園で小学校3~4年位の女の子が、二人で
空手の型を練習しているのを見た。それは誰に強制されたのでもなく、
木登りや、ボール遊びや、花摘みの合間に、ごく自然に遊びとして型を
二人でやっていたのだ。

これだ!と思った。自分の夢想していたはこの光景だ。
丁度ついこの間、登封の武館で元気な子供達に触れて、更に
日本でこんな光景を目の当たりし、改めて想いを確固とした。
少林拳も是非ともこんな風になって欲しい。
日本の子供達に少林拳を普及したい。
これからその目標に向かっての行動を開始していこうと思っている。

そのために、まずは自分も含め大人がしっかりとした規範、動作、思想を
示せるようにならないといけない。大人の責任は重大である。

登封滞在記3

  • 2009/04/13 00:37
  • カテゴリー:武術

長護心意門拳に続いて七星拳、陸合拳対打と検査は続く。
これらの拳は凌斗祖師爺が少林寺に伝え、王頂一師爺、王宗仁師父と
伝承されてきたた当門の核心部分である。

ひとつの拳(套路)を正式に学ぶという事は、その拳に関わった歴代先達の
想いを受け継ぐ事だと思う。だからこそ、どれひとつ取っても疎かにする事
は出来ないし、またこれを正しく継承し次代に伝える事は、教わった方の
責任と義務であると思う。

ファイル 20-1.jpg
ファイル 20-2.jpg

王頂一師爺の写真。七星拳の拳勢写真で、全部で三十余枚ある。
師父が少林寺村から登封に引っ越してきた時に失われていたが、
最近になって自宅の古い箪笥から偶然見つかったのを、今回
師父の許しを得て特別に複製させてもらった。

師爺は武術の他にも中医の、特に外科の術に優れ、自身は貧困の生活を
送りながらも無料で村人の治療をしたり薬を施したりして、当地の人々より
尊敬されていたそうだ。性格は頑固で実直。練功に関しての要求は
非常に厳格であったという。

師父はこの拳勢写真を見せて、「見ろ、同じだろう」と言う。
確かに師父の架勢とそっくり、いや、師父が師爺に似ていると
言うべきだろう。

師爺は1976年、文化大革命が終わった年に帰西された。
その当時師父は二十歳前後。私は一歳(;)。どうひっくり返っても
会う事は叶わない師爺であるが、「確かに自分もどこかで繋がっている
のだな」と、当年の活き活きとした師爺の動作写真を見ながらそう思った。

登封滞在記2

  • 2009/04/10 19:05
  • カテゴリー:武術

登封到着の翌朝、練功の第一日目。

5時に起床し、5時半から準備運動を始める。
この時期登封の日の出は6時前後なので、外はまだ暗い。
準備運動が終わって套路を何回か打っているうちに、
東の空から段々と明るくなり、朝になる。

師父には朝に教えを受ける事が多い。
朝は十分な休息を取って、気力体力も十分。一番力が出る時間でもある。

初日はさっそく当門の最重要套路である長護心意門拳の検査から始まる。
昨年秋の滞在時、同じように初日に受けた検査では、日頃の練功の仕方、
というか心構えの甘さが露呈するという悲惨な状態であったが、今回は
その教訓のおかげもあり、大意に於いては大きな問題はない、という事に
なってほっと胸をなで下ろす。

しかし細かい部分では、発力、眼法、身法、呼吸などでいくつかの指点を
受けた。聞いてしまえば簡単なことなのだが、ひとりでそれに気付くこと、
ましてやそれを全て備えて実践するのは容易な事ではない。師父の動きに
付いていきながら、どうにかこの貴重な文化遺産を一滴も取りこぼすこと
なく正確に継承すべく、精神を研ぎ澄ませてひとつひとつの動作を打って
いく。

この套路(長護心意門拳)は練り始めて十数年経つが、まだまだ、練れば
練るほどに新たな課題や発見が現れて、全く飽きるというか足りるという
事がない。それどころか、もっともっとこれを深く探求していきたいと
いう気持ちにさせられる。

改めて、古典套路の奥深さ、面白さを実感した。

登封滞在記1

  • 2009/04/06 22:25
  • カテゴリー:武術

3月22日から4月2日にかけての12日間、中国河南省登封の拳師、王宗仁
師父の元に滞在し、伝統少林武術の教導を受けてきた。

今回の目的は、一に前回の滞在となる昨年10月から現在までの練功内容と
その成果の確認、そしてもう一つは純粋に自らの功を、「源流の地」という
最適の環境で更に練り込むという事にあった。

成田から北京の宿に着いたのが夜の零時。翌午前中に北京を出発し、
一路列車で鄭州へ。オリンピックの前年に開通した高速列車「動車組」は、
同区間を約5時間で結ぶ。鄭州からは駅前の高速バスで一時間半、こうして
以前とは比べものにならないくらいスムーズに登封に到着する。

約半年ぶりの再会に、師父も非常に喜んでくださった。もちろんこちらも
この日を指折り数え待ちわびていた。登封に着くと「ここまで来れば、
もう安心だ」という感覚が湧く。

結局登封に着いたのは夕方16時。その日は師父に近況の報告をしたり、
お世話になる人を招いて簡単な宴を開いたりして、夜は明日からの練功に
備え、早めに休んだ。

ファイル 18-1.jpg
日本の新幹線と似ている。

ファイル 18-2.jpg
綺麗な車内。

ファイル 18-3.jpg
車内弁当。宮宝鶏丁(鶏肉とカシューナッツの炒め物)
ちゃんと調理されていて、美味しい

古典を読み解く

  • 2009/03/03 20:33
  • カテゴリー:武術

最近縁あって、武術でも東洋医学でも、古典を読む事が楽しみになっている。

古典を読むには、まず原文をざっと流し、大意を読みとる。その後辞書を引き引き書き下し、ここでも大まかな内容を検討する。そして書き下した文章から、今度は一文一文に含まれる意味を徐々に明らかにしていくのである。

古典は、読み手の水準や観点によって、解釈が様々に広がっていくのが面白い。もちろん、その方面の経験と知識無くして、原則を外れた自分勝手な解釈をする事は慎んで注意すべきであるが、同じ一節の文章でも、何度も何度も読み込んでいく内に、その時々に応じて様々な答えやヒントを与えてくれる。

そういう意味では伝統武術の套路も、これと似たような事が言えるのではないだろうか。我々が套路を学ぶときには、まずそのかたちを正確に習得し、そこから千遍万遍と繰り返し練り込む。時に動作を分解し、ひとつひとつ単勢で練り検討する。

そうしていく事によって、徐々にその拳に含まれる味道を味わう事ができてくる。一代一代、拳を伝えてきた先人達の経験と智恵が徐々に見えてくるのである。

学習者、特に初学者は、この過程に於いてはきちんと師に就いて、その教導の元に練功を行わなければならない。古典の書籍も伝統の套路も、翻訳者たる師の教えが必要である。武術を本やビデオで独習が出来ないのはこのためである。また同時に伝統武術の指導者には、古典たる套路を現代文に翻訳できる能力が必要である。

伝統武術の套路は古典と同じく、先人の経験と智恵の宝庫なのである。そして、武術にしても医術にしても、古典を通して得た知識は、実践において研究し、意の如く用いることができるようにならねばならない。

古典を単なる昔話ではなく、現代に生きる我々にも、活き活きとその奥妙なるところを現してくれるように、自ら日々努力していかなければと思う次第である。


※写真は宗代 に成立した医古典『難経集註』
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