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カテゴリー「中国での活動」の検索結果は以下のとおりです。

2015年9月訪中 8日目(後編)&9日目

姚老師の中意武館を出たのが丁度お昼時。新街口駅近くの店で包子とお粥(結局朝と同じメニューでした)を食べ、そこから北京東部の団結湖まで地下鉄で移動。

宿にチェックインして一時間ほど昼寝をし、今度はフジテレビ北京支局のインタビューを受けるため、建国門に向かいました。

インタビューの内容は、少林拳を通じた中国との関わり、中郷の伝統武術の現状、古武術の発掘と継承作業等について、私の個人的な視点でお話しました。

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番組はフジテレビのインターネット放送局「ホウドウキョク」内の「鴨ちゃんねる」で1月17日(日)14:05~15:00に放送を予定しています(再放送は月曜日の7:05~8:00)。放送内容は放送終了約2週間後からアーカイブとして一年ほど見られるそうです。

http://blog.fujitv.co.jp/houdoukyoku/C4603.html

 

撮影の後は同じ敷地内のカフェで催される、北京に在住する日本人の会合である「北京読書会」にてお話しさせて頂きました。こちらの主催は北京在住23年のライター・コーディネーターの原口純子さん。原口さんにはいつも北京で素敵な出会いを頂き、有難うございます!

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こちらの会でお話しさせて頂くのは今回が二回目です。参加された皆さんはいずれも様々な専門分野で活躍されているエキスパートの方ばかり。やはり物事の見方が本質を突いているからでしょう、有意義な質問を多数いただき、盛況の内にあっという間に終わりの時間となりました。

閉会後は近くのBARで原口さんらと軽く乾杯し、来年の再会を約して解散しました。

***

最終日。
午後のフライトだったので、宿の近所を散策しました。

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偶然入ったお店で思いがけず美味しい麺に出会ったり。

実に充実した旅程がこれで終了しました。

次は今年3月。どんな出会いや学びがあるか、今から楽しみです。

2015年9月訪中 8日目(前編)

朝6:15。列車は北京西駅に到着しました。さすがに首都北京の中心駅だけあり、早朝でも結構な数の利用者で賑わっています。

とりあえず駅構内の吉野家で朝ごはんを食べました。頼んだのはお粥、包子(肉まん)、豆乳のセットです。

正直な所それ程お腹が減っている訳ではなく、単に仮眠兼時間つぶしの場所が欲しかったのが実情ですが、中国の吉野家は牛丼以外にも鶏照り焼き丼、豚角煮丼(?)など日本にはないメニューがあるので、今にして思えばそれらを試してみればよかったと少し後悔しています。

とにかく、お粥を食べて一時間ほど席でウトウトし、そこから地下鉄に乗って北京市西部にある新街口へ向かいました。

新街口駅から歩いて近くにある小さな商店街の、そこから更に細い胡同(路地)に入ってたどり着いたのが「中意武館」。

今回の訪中前、北京に長い滞在歴を持ち、現地の武術事情にも詳しいライターの田中奈美さんに「どこか北京で交流のできる、お薦めの武館はありませんか」と尋ねた所、「じゃあ、姚承栄老師の所はどうですか? こちらから連絡しておきますよ!」とご紹介頂きました。

武館に着くと古手の生徒さんが站功を行っていたので何となく混ぜて貰って立っていると、暫くして姚承栄老師がいらっしゃいました。来意を告げると「田中から連絡は受けている。一緒に練功しよう!」と快く受け入れてくださりました。

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前半は姚老師が前に立ち、全員で站桩を行い、その後に試力という幾つかの動きを行う練功を行いました。姚老師が時折生徒の間を廻っては姿勢を正したり、実際に手を触れて力の感覚を体験させたりしていました。

その後、二人一組で片手を合わせる「単推手(?)」という練習をして、そこから後は各々で自由形式の推手が始まり、私もあちこちから声を掛けて頂き、手を合わせて教わりました。

推手の後半は姚老師に呼ばれ手を取って教えて頂き、その中で「控制だ、控制だ!(コントロール)」という事を繰り返し言われました。実際、姚老師の相手をコントロールする力は凄まじく、推手の相手をして頂く中で何度も「何もさせて貰えない情況」に追い込まれました。

その後、姚老師からは如何にて力を養うのかという方法論を講義頂き、午前中の練功は終了となりました。姚老師からは「午後の練功も参加していけ」と言って頂いたのですが、午後には別な用件があったので、また次の機会をお約束して中意武館を後にしました。

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普段、少林拳しか練功しない自分にとっては全てが新鮮で、学ぶものの非常に多い武館訪問でした。姚老師はじめ武館の皆さん、そしてご紹介くださった田中さん、有難うございました!

2015年9月訪中 7日目

あっという間に登封滞在最終日です。

この日も普段と変わらぬ朝練。普段通りの中に「場所・時間・師」が揃った環境の贅沢さ、有り難さを噛み締めながら、長護心意門拳~功法~把頭と練っていきます。

ゆっくりと王宗仁師父に就いて練れたのは結局この二日のみでしたが、前半撮影で何回も何回も師父の眼前で拳を打ち続けていたのがよかったようです。

実際、例年は滞在第一日目の朝に師父に総合的な検査を受け、それ以降は各々の動作について指点を頂くという形式であるため、これだけ繰り返し師父に自分の拳を通して見て貰った事は初めての経験でした。一発勝負ではない分、よい所も悪い所も総じて出さざるを得ませんでした。それだけに今回師父から頂いた教えの内容は、実に臓腑に染み渡る的確なものでした。

***

朝食後。劉振傑教練と合流し、そのまま磨溝村に向かい范冨中老師を訪ねました。これだけは絶対に外せません。

范冨中老師宅の中庭で、劉振傑教練と磨溝陸合拳の動作を検討して頂いた他、小洪拳、老洪拳を見て頂きました。陸合拳は磨溝村で失伝しそうになっていたのを劉振傑と協力して村の老拳師を廻り、最後に范冨中老師の検定を受けて発掘整理を完了したのが2013年。それ以降も単に拳の動作・順番だけに留まらず、拳に含まれる変化(別法)や隠れた意味合いを探るため、毎回范老師には第一節~第六節までの全ての内容を検討して頂いています。

それにしても、いつ触れても范老師の気勢・気迫の凄さには圧倒されます。もちろん、古伝の拳を探求したいという気持ちも強いのですが、実際范冨中老師から学んだもので一番の宝物は、この「気」の強さです。

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磨溝村には昼過ぎまでお邪魔し、その後は登封に戻り友人数名と昼食を摂りました。途中から少林寺が全国の民間から収集している古拳譜を管理している武僧も加わり、知遇を得る事が出来ました。その話はまたいづれ別の機会に書こうと思います。

午後に師父の元に戻り、時間まで雑談。それから長距離バス発着場まで送って頂き、16:30分発に乗って登封を後にしました。

こうしてあっという間の登封滞在期間は終了となりました。

夜は鄭州駅前の屋台街で羊肉串、麻辣湯(中華おでん?)、ビールで今回の旅を振り返り、20:30初の夜行に乗り込み、北京へ。

(時間の空いたアップとなってしまい失礼しました。あと一回で終了の予定です)

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2015年9月訪中 6日目

朝練。

実は撮影中三日間は朝練をしませんでした。撮影で疲れていたとか、時間的に中途半端だったという事もありますが、やはり気持ちが何となくそういうモードにならなかったという理由が大きいです。

そんな訳で撮影終了の翌朝、久しぶりの練功です。まずは二回ほど長護心意門拳を打ってみました。

すると、思ったよりよい感じで動けています。やはり精神圧力(ジンシェンヤーリー=ストレス)のある中で何度も拳を打ったのは無駄ではなかったようです。圧力は人も拳も鍛えます。

その後も功法~把頭と続き、いずれもよい形で打てました。撮影の三日間は、それなりに自分にとってもよい練功になっていたようです。

***

そして午前中。登封西郊外・西十里村に武館を構える胡正生老師を訪ねました。

胡老師とは今年春に初めて会って以来、微信(中国版LINEのようなもの)を通して伝統少林拳に関する情報交換を行っています。年齡が近いこともあってか話が大変よく合い、その功夫と研究の深さにはいつも感心させられます。今回も実際に会って長らく話し込み、その中で多くの収穫がありました。。

ひと言に少林拳・少林門といっても、その伝承地域は少林寺・登封・偃師・鞏義と広范で、その中でもそれぞれが地域や人的関係によって独自の発展と変化を見せています。一人でこれらを網羅するのには時間的・経済的・その他様々な制限があるので、お互いが専門的にカバー出来る地域を調査し、将来的にはその成果を集約・発表出来るようにと取り決め、仕事を進める事にしています。

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胡正生老師とその師である揚桂吾老前輩(1931-2010)
※画像は胡老師の公式サイトより

午前中一杯を西十里で過ごした後、師父に電話をして胡老師の車で登封市区へ。昼食は師父・師娘・胡老師・私とで食べました。胡老師は師父に会って親しく話すのは初めてとの事でしたので、ここからまたよい縁が生まれるとよいなと思います。

***

昼食後。宿に戻って一休みした後、午後は中岳大街の呉鳳高老師を訪問しました。

呉老師には小洪拳・炮拳・七星拳・長護心意門拳等の理論を講義して頂いた他、今回初めて、綿旦拳の前半一部をご教授頂きました。

綿旦拳は呉老師の故郷である河南省臨潁県に伝わる拳で、これもやはり少林寺に所縁のあるものだそうです。呉老師は若い頃にこの拳を学ばれ、以後登封に来てからも数多くの拳を習得しましたが、この拳だけは間断なく練り続け、今でも大切にしているとの事。

以前より呉老師からこの拳の事は伺い、動作も拝見した事があります。しかし、生涯一番に大切にされているというこの拳を、なかなか「教えてください」と申し出ることが出来ずにいました。

私個人の考えですが。ひとつの拳(特にその人の大切にしているもの)を学ぶということは、単に動作の形や順番を覚えるというだけに留まらず、教えてくれる人、そしてここまで伝えて来てくれた先人の思いも受け継ぐという事だと思っています。なので、いくらそれが貴重で素晴らしいものであっても、軽々しく「学びたい」と口に出すことはとても出来ません。

そして呉老師と初めてお会いしてから八年目の今年。やっとこの拳を学ぶ機会を得る事が出来ました。今まで呉老師には様々な拳や理論を教わりましたが、いずれも既に王宗仁師父より学んだものに関する修改といった意味合いのもので、全くの白紙から教わるのは今回が初めてでした。

その分、呉老師ご本人の根本的な姿勢や風格が、より強く感じられるものでした。

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2015年9月訪中 5日目

撮影最終日。

この日も朝食は包子、ゆで卵、豆乳。ここの包子屋は今年に入ってから、師父のお宅近くに新しく開店したのですが、値段も安く(一個で一元=18円)具もたっぷり入って美味しいので、滞在中は毎朝お世話になりました。

ここの包子は、鉄板の上で蒸し焼きにした焼きまんじゅうです。日本では「生煎包」としてちょっと前に流行りました。具は魚香肉絲、ニラ玉、春雨、雪菜(からし菜)など色々あります。大きさは日本の肉まんより少し小さめですが、中身は日本のより多く、普通は二個も食べればお腹いっぱいになります。

さて、ご飯はいいとして、撮影です。前日までの撮影スケジュールが比較的スムーズにこなせていたため、この日は師父の事務所でインタビューと、その後少しだけ撮り残した屋外での部分を補って、完全終了との事でした。

インタビューは始めに師父を撮って、その後に私の分。基本的に聞かれた事に答える事だけなので、それほど大変ではありませんでした。ただ、やはりあまり変な事を言わないように、そしてきちんと「文明的な普通語」で話さなければと変に意識してしまい、結果として受け答えがやけにゆっくりと、緩慢になってしまったように思えます。

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それでもインタビュー自体は順調に撮り終わり、その後の部分もそれなりに時間はかかったものの、この日の15時頃、全ての撮影スケジュールを無事に終了する事が出来ました。

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夕方は師父のたまった用事を片付けるために登封市政府へ行ったりしました。ここ三日間、朝から晩まで撮影に掛り切りだったので、電話や諸々の手続きなどで忙しそうでした。

夜は師父・師娘(師父の奥様)・劉振傑と私とで、近くの餃子屋に行き、水餃子といくつかの小皿料理を頼み、ゆっりと安心して晩ご飯を食べました。この日はさすがに師父も安心したのか、珍しくお酒も少し召し上がり、皆で楽しく過ごしました。

食後に師父の事務所に戻ると、ちょうど中秋節が近いので師兄弟が贈りものを持って待っていました。そして事務所でお茶を飲みながら話を楽しみ、23時頃に解散となりました。

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この三日間を振り返って。短い期間でしたが朝から晩までを一緒に過ごし、中国中央電視台の第一線で活躍するクルー達の仕事ぶりを、間近で見る事が出来ました。

いつも付き合うのは武林の関係者ばかりであり、しかもその殆どが60以上の老拳師ばかり。毎回が「お爺ちゃんを訪ねる旅」だったので、今回のように武術に関係のない、しかも都市部の若い人達と関わりを持てたのは、とても新鮮な体験でした。

いつも関わっている「老一代」と、所謂「80後」、「90後」と呼ばれる若い世代の考え方、物事の捉え方の違い。メディアではたまにそういった記事は見かけていましたが、今回はそれが実体験として肌で感じられました。その事に関しては、また別の機会に書くとして、とにもかくにも楽しい撮影3日間でした。

登封滞在は残す所あと一日半。明日からはやっと自分のやりたい事が出来ます。

2015年9月訪中 4日目

この日は早朝撮影は無し。師父とゆっくり朝食を摂れました。

食べたのは包子(バオズ=具入りまんじゅう)とゆで卵、それと砂糖を少し入れた豆乳。昨日の教訓から、包子は一個多く食べました。昼ごはん抜きはきついです。

本日第一の撮影場所は中岳廟(中嶽廟)です。中岳廟は中岳嵩山の神を祀り、中国五大霊山(東岳泰山・南岳衡山・中岳嵩山・西岳華山・北岳恒山)の中でも最も規模が大きく、保存の完備された古代建築群です。

嵩山もしくは登封と言うと少林寺ばかりが有名ですが、実はこの中岳廟にも漢代の「太室闕」、宋代の「鉄人」、明代の「五岳真形図碑」等、少林寺にも全く引けをとらない建築・文物が多く現存しています。

しかし今いちインパクトに欠けるのか、こちらは観光客もまばらで、逆にその分静かで穏やかな空気が心地よく感じました。ここもやはり今回が初めてだったので、次回は是非ゆっくりと参観してみたいと思います。

話は撮影に戻ります。この日は天気にも恵まれ環境も穏やか。昨日よりずっとスムーズに撮影を進められました。

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実は今から31年前の1984年に、師父はこの場所で『少林海燈法師』という記録映画の撮影を行っています。

師父は当時二十代半ば。年齢相応の気勢に満ちた長護心意門拳を打たれていました。そして五十八になる今年、再び同じ場所で撮影が行われるとは。しかも今度は日本人の弟子を伴って……。師父も何となく感慨深げでしたし、今回私も師父に就いてそれに参加できた事は実に幸せに思い、そして巡り合わせを感じました。

そんなこんなで中岳廟での撮影は15時過ぎに終了。やはり途中お昼は抜き。朝に包子を多めに食べておいて正解でした。

遅い昼食(?)の後、今度は登封の東、磨溝村の近くにある古い関帝廟で撮影を再開しました。

登封には実に多くの古建築や記念碑的な場所が点在しています。この関帝廟もその一つですが、ここまで来ると完全に観光や商業とは無縁となります。地元の人々の信仰や生活に寄り添った、土着の廟といった感じです。

その為か、撮影の始めにちょっとした悶着がありました。元々ここでの撮影に先立っては登封市の管轄部門に話を通してあり、そして現地でも廟主のお婆さんが問題なく門の鍵を開けてくれたのですが。さて始めようかという時に地元の何某が怒鳴りこんできて騒ぐ怒鳴る。

詳しい事情は割愛しますが、幸いひとしきりすったもんだ後に事態は鎮静し、撮影は18時を過ぎた辺りまでかかりましたが無事に終えることが出来ました。やはり何事にも地元には地元のルールがある、という事がよく解った一件でした。

それはそれとして。少し面倒な事もありましたが、この関帝廟については何となく気に入ってしまいました。

全く観光のための整備(という改造)が施されておらず、修繕などもきっと地元の有志らによって少しずつ、行われて来たのでしょう。新しい箇所と古い箇所があちこちでごちゃ混ぜなっています。そんな所が却って「時の流れ」、「人の気持ち」の様なもの感じさせ、何とも言えないよい雰囲気を醸し出していました。

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今日も一日お疲れ様でした。さて、翌日はいよいよ撮影最終日です。無事に全て撮り終えられる事を祈り、床に就きました。

2015年9月訪中 3日目

5:00起床~5:30に師父のお宅へ行き、撮影班を待ちます。

かくして撮影班は6:00きっかりに到着し、「きっと途中で朝ごはんを食べるのだろう」という甘い考えは外れ、そのまま車は機材と人間を乗せて嵩山へ向かいました。

実は私は、嵩山の山頂付近に登ったのは今回が初めてです。というか、嵩山に限らず少林寺・登封地区にある観光スポットの多くには行った事がありません。20年も登封に来て、いつも通ったり見たりしているのに。

そんな訳で初めはちょっとした観光気分で、嵩山からの眺めを楽しんだり、師父から山の上に生える薬草の知識を教わったりと余裕だったのですが……。

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予告編を見れば解りますが。今回の撮影、ドキュメンタリーと言いながら映像の取り方はさながら映画の様(?)でした。

同じシーンを角度を変え、関係性を変え、集点を変え、そして時には超高速度撮影を交え、何度も繰り返し撮っていきます。「もう1カット」、「もう1カット!」という監督の声が響きます。実際、撮影クルー達の仕事熱心な事。簡単なシーンにも一切妥協はせず、何度でも納得行くまで撮り直し、撮り続けます。

この日の嵩山は雨が降ったり止んだり。元々岩の多い山肌で、足場が平坦でないのに加え雨で滑ります。師父は大刀、私は長護心意門拳を撮りましたが、撮影はなかなかに困難なものでした。しかし彼らも文句ひとつ言わずに撮影に集中しているのですから、こちらも真剣にやらない訳には行きません。これも練功と思って、何度も拳を打ちました。

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結局カメラのバッテリーとハードディスクの容量が切れた所まで頑張り、嵩山での撮影は終了。時計はすでに16時をまわっていました。

その後登封に降りての遅い昼食(?)は、登封の老舗「馬随林」の羊肉烩面でした。既に空腹のピークはとうに過ぎ去っていたのですが、久しぶりの烩面はやはり格別でした。

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食後、撮影班はバッテリーの充電とハードディスクからのデータ吸い出しのため一旦宿に戻り、師父と私も一旦帰って休息しました。

そして夜は師父宅で、日常シーンの撮影。これには私は参加せずに見ているだけ。昼間と違って武術の動作がないので楽と言えば楽でしょうが。やはり同じシーンを繰り返し繰り返し撮り……。この日の撮影が全て終了した時には、さすがの師父もお疲れの様子でした。

こうして長い1日が終わりました。明日は早朝の撮影はないと聞きひと安心です。お疲れの師父を按摩し、私も何もせず寝てしまいました。

2015年9月訪中 2日目

朝7:00。
列車は予定通り鄭州駅に着きました。

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そこからすぐに駅前広場の対面にある長距離バスターミナルのチケット窓口へ向かいます。鄭州から登封へは30分に一便のペースで高速バスが運行しています。幸い7:30発の便に間に合いました。

鄭州から登封へは高速バスで約一時間半です。バスの中で前日買っておいたパンとソーセージと朝食として食べつつ、登封滞在中の行動予定を確認します。

今回の訪中の一番の目的、というか用件は、CCTV(中国中央電視台)のドキュメンタリー『功夫少林』の撮影に参加する事です。今回は「航空チケットから滞在費用までの全てCCTV持ちで」という条件で来たので、空いた時間はもちろん練功や老拳師を訪ねたりを予定していますが、基本的には撮影メインで拘束されます。

登封での滞在期間は5日間。出来るだけ撮影がスムーズに、早く終われる事を祈りながら登封に到着。バスの発着場に師父が迎えに来て下さいました。

CCTVの撮影班はこの日の夕方に到着予定との事だったので、それまでに小さな用事をいくつか済ませつつ、途中の昼食は師父、師娘、師兄弟&その友人2名と登封郊外の店に食べに行きました。

このお店、嵩山の山裾にあり、外から見ると一見普通の民家風です。出てくる料理はいずれも嵩山で採れた野菜や地鶏・魚などを使った比較的シンプルなものがメインですが、丁寧に作ってある感じがしてなかなか美味しかったです。味付けも全体的に優し目で、もちろん味精(化学調味料)などは使っていません。

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自然の風景を楽しみながら、綺麗な空気の中でリラックスして食・住を楽しむ「農家楽」というスタイルが、ここ数年中国では流行っています。やはり中国でも都市部のストレスフルな日常に疲れ、農村に「癒やし」を求めて脱出して来る人が増えているという事でしょう。

昼食後は磨溝村の劉振傑教練も合流し、磨溝の近況を聞いたり。

撮影班は結局夕食後の到着でした。全体を通した簡単なスケジュール説明があり、明日は朝6時に集合。そこから車で嵩山に登って撮影を行うという事を確認。その日は早めに解散・就寝となりました。

2015年9月訪中 1日目

午前9:10羽田発のJAL機に乗って北京へ。

前日は定例練功会の後、10月から韓国に赴任されるSさんの壮行会があって朝帰り。そのまま寝ずに家を出て来たため、機内ではご飯以外殆ど全ての時間を熟睡して過ごしました。

北京首都国際空港には現地時間の正午に到着。入国手続は思いがけず長蛇の列でした。中国人のゲートはそれほどではなく、外国人用ゲートが物凄く混んでいました。空港から市内までは地下鉄で移動。まずは亮馬橋の旅行社で当日発鄭州行き夜行列車の切符を受け取り、そこからまた地下鉄で東直門へ行きました。

東直門では中医研究所付近の中医用品店で鍼灸用品を買い込みました。昨今は中国国内の物価高騰と日本円→人民元の換金レート低下のため、中国で鍼灸用品を仕入れるメリットがあまり無くなって来ていますが、それでも一部の物はまだ中国の方が安く種類も豊富なので、とりあえず北京に来る度に一度は立ち寄ることにしています。

買い物を済ませた後は団結湖の兆龍青年旅舎に行き(これも地下鉄)、帰りに北京で一泊する分を予約。ついでにロビーで携帯の充電をしながら暫しうたた寝をしました。この時点で既に16時過ぎ。なんだかんだ中国での移動や用事は時間が掛かります。

17時ちょっとまで休んでから、宿の近くで腹ごしらえ。回鍋肉かけご飯と羊肉串を食べました。中国のご飯は量も多いし、やはり美味いです。さすがに前日そこそこ飲んだのでビールは控えましたが、ゆっくりと中国飯を楽しんだ後、鄭州行きの列車が出る北京西駅へ向かいました。

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午後に地下鉄であちこち移動している最中に、なんと長距離列車の発着駅である北京西駅にも遂に地下鉄が通じた事が判明。今まで繋がっていなかった事が不思議なくらい、毎回渋滞やその他諸々不便な思いをしていましたが、これで安心です。混雑時は多少大変ですが、それでも時間通りに着いてくれるという安心感は大変有難いです。

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22:32北京発鄭州行き夜行列車は、翌朝7:00に終点の鄭州駅に着きます。席は硬座(普通座席)・軟座(グリーン座席)・硬臥(普通寝台)・軟臥(グリーン寝台)の四種類に分かれています。私がいつも利用する硬臥は片側三段で対面になっているタイプです。ちなみに軟臥は片側二段で対面。ドアが閉まるコンパートメントになっています。

人によるとは思いますが、私は中国の夜行列車は大好きです。列車の揺れが心地よい眠りをもたらしてくれるし、たまに夜中に目を覚ました時、見知らぬ駅に停車していたりするのは何とも旅情を誘います。

以上。一日目は全て移動で終わりました。

磨溝村の范冨中老師

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老拳師の手には何とも言えない迫力があります。

日中戦争、国共内戦、文化大革命と動乱の時代を生き抜いてきた経験が醸し出す説得力とでも言うのでしょうか。

悲しいかな。現在この磨溝村でも若い世代で拳を練る人は殆どいません。そして伝承は緩やかに、そして時に急速に失われつつあります。

いつかこの磨溝村の拳も日本で公開し、伝えることが出来ればと考えています。

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